意識調査
日高 水穂
西成瀬小学校では、明治後半から昭和前半にかけての遠藤熊吉による標準語教育の伝統を承けて、独自の話しことば教育が行われてきた。こうした独自の教育が、地域住民のことばに関する意識にどのような影響を及ぼしているのかを、アンケート調査によって概観する。
この意識調査は、すでに2002年5〜7月に、増田中学校の全校生徒(10代)とその父兄(40代前後)に対して実施している。今回の調査では、2002年調査よりも上の世代(60代以上)の回答が得られるため、3世代の言語意識の比較が可能になる。
調査項目
調査票A
[PDF/101KB]
(秋田出身の一般社会人用)
問1〜13
:秋田弁と共通語の使い分けについて
問14〜17
:秋田と東京、秋田弁と共通語に対するイメージ
問18
:場面による秋田弁と共通語の使い分け
問19〜22
:秋田弁の使用度
問23
:方言の影響を受けた共通語(気づかない方言)の使用度
問24〜26
:地域の文化とことばの将来について
問27〜28
:西成瀬小の「ことば教育」に関して
調査票B
[PDF/49KB]
(増田中学校父兄用)
問1〜8
・13〜17
:秋田弁と共通語の使い分けについて
問9〜11
:地域の文化とことばの将来について
問12
:ことばに関する教育方針
問18
:場面による秋田弁と共通語の使い分け
問19〜21
:秋田弁の使用度
問22〜24
:西成瀬小の「ことば教育」に関して
調査票C
[PDF/99KB]
(増田中学校生徒用)
問1〜13
:秋田弁と共通語の使い分けについて
問14〜17
:秋田と東京、秋田弁と共通語に対するイメージ
問18
:場面による秋田弁と共通語の使い分け
問19
:若者ことばの使用度
問20〜22
:秋田弁の使用度
問23
:方言の影響を受けた共通語(気づかない方言)の使用度
問24〜25
:西成瀬小の「ことば教育」に関して
回答者の内訳
西成瀬地区
西成瀬以外の地区
増田地区
亀田地区
増田東地区
10代
30〜50代
60代以上
34
24
27
157
92
-
34
27
-
25
5
-
10代:
増田中学校生徒・旧増田町内小学校出身者250名。2002年6月調査実施。
30〜50代:
増田中学校父兄・旧増田町内小学校出身者148名。2002年7月調査実施。
60代以上:
西成瀬地区老年層・西成瀬小学校出身者27名。2002年6月調査実施4名。
2005年9月調査実施23名。2005年調査では、調査票Aの問1〜13のみ実施。
*
2005年9月調査では、亀田地区6名(50代2名、60代以上4名)に対し、調査票Aの全項目を調査している。ただし、調査人数が多くないので、数値化した集計は行っていない。
調査結果1
●増田中学校生徒の出身小学校別の集計結果(抜粋)
1-1
秋田弁が好きか
1-2
共通語が好きか
1-3
自分のことばに秋田弁の特徴があるか
1-4
共通語をうまく話す自信があるか
1-5
西成瀬小出身者のことばづかいの印象(増田・亀田・増田東小出身者による)
1-6
西成瀬小以外の小学校出身者のことばづかいの印象(西成瀬小出身者による)
[解説]
西成瀬小学校出身者は、他のグループに比べて、「秋田が好き」(67.6%)、「秋田弁が好き」(41.2%)と回答する者の率が突出して高い。また、「自分のことばに秋田弁の特徴がある」(79.4%:かなりある+少しはある)と回答する者の率も高い。一方、西成瀬小学校出身者の中で「共通語が好き」(35.3%)と回答する者の率は、他のグループに比べて低いものではない。また、「共通語をうまく話す自信がある」(82.4%:ある+少しならある)と回答する者の率は突出して高い。
増田・亀田・増田東小学校の出身者は、西成瀬小学校出身者のことばづかいについて、「声が大きい」(62.5%:とても思う+やや思う(以下同様))、「発音がはっきりしている」(63.9%)、「人前で堂々と話す」(58.8%)という印象を抱いている。一方、西成瀬小学校出身者から見た増田・亀田・増田東小学校の出身者のことばづかいの印象は、「授業でよく発言する」(67.7%)以外には、際だったものがない。
積極的に共通語教育を行ってきたと考えられる西成瀬小学校出身者に、方言への愛着、高い方言使用(理解)度が見られることは、一見奇妙に感じられる。一方で、西成瀬小学校出身者には、自らの共通語使用能力に対する強い自信が認められ、それは、中学校で合流する他の小学校の出身者から見ても、「声が大きい」「発音がはっきりしている」「人前で堂々と話す」という評価を得るものとなって発揮されている。西成瀬小学校の「ことば教育」は、方言を排除して共通語を習得するというものではなく、場面に応じて適切なことばを使い分ける能力を養うという効果があったということになる。
調査結果2
●世代別の集計結果(抜粋)
2-1
秋田弁が好きか
2-2
共通語が好きか
2-3
自分のことばに秋田弁の特徴があるか
2-4
共通語をうまく話す自信があるか
[解説]
「秋田弁が好きか」「共通語が好きか」「自分のことばに秋田弁の特徴があるか」の3項目を見ると、10代では、西成瀬小出身者は他校出身者よりも「秋田弁が好き」「共通語が好き」「自分のことばに秋田弁の特徴がある」と回答する傾向が強く、60代以上においても、これらの項目で「好き」「ある」とする回答率が高い。一方、30-50代では、西成瀬小出身者は他校出身者に比べて、これらの項目で「好き」「ある」とする回答率が低い。それに対し、「共通語をうまく話す自信があるか」の項目では、西成瀬小出身者の「ある」の回答率は、どの世代においても同程度(70〜80%)で、他校出身者よりも高い。
西成瀬小でのことば教育には、時代背景(マスメディア、特にテレビの普及)、地域の状況(吉乃鉱山の盛衰)、指導体制(遠藤熊吉個人の指導によるものから試行錯誤期を経て組織的な教育へ)において、段階的な変遷がある。現在の60代以上は、吉乃鉱山隆盛期に小学生時代を過ごし、遠藤熊吉から直接の指導を受けた世代である。30-50代は、吉乃鉱山が閉山(1958年)する前後の試行錯誤期の教育を受けた世代である。そして10代は、テレビが完全に普及した後の時期に、組織的な教育を受けた世代である。
方言と共通語に対する愛着は、30-50代の育った時期の時代背景や指導体制からは生まれにくかったようである。一方で、どの世代にも共通しているのは、「共通語に自信がある」という意識であり、これが西成瀬小のことば教育の一貫した成果だと言える。
日高 水穂(ひだか みずほ)
秋田大学教育文化学部助教授。現代日本語学、方言学を専攻。秋田をフィールドとした地域言語研究の一環として、今回の研究事業全般をコーディネートする。言語意識調査の分析を担当するとともに、本ウェブページの監修を務める。
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